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【第3話】『長男』との出会い①

last update 公開日: 2025-11-14 14:01:45

 世界樹ユグドラシルをその中心部に有するが故に同名で呼ばれる『ユグドラシル大陸』の北部にある『スノート』という町の郊外にレオノーラは到着した。外界近くにはほぼほぼスラム街がある王都や皇都ではなく、とある王国に属する辺境伯の領地内にある町だ。中規模なおかげで全体的に平穏であり、統治者の手腕故か目抜通りには活気がある。『この規模であれば買い物先には困らないだろう』と期待しつつレオノーラは早速町に足を踏み入れた。——が、最速着ているローブのフードを被り、そっと顔を隠した。長年他人と接してこない間に人間不信からは脱却出来た気でいたが、どうにもまだ他人の視線が少し怖い。『これだけの人が居るんだ、誰も私なんか見ていない』とは思うが、それでも『自意識過剰過ぎるか』の一言で片付けられはしない程、過去の経験が彼女の中で根深く残っていたようだ。

(……えっと。買取のお店って、何処にあるんだろう?)

 少しずつではあったものの、何とか気を取り直して目的を果たそうとしたが、初めて来た町であり、品物の売却が可能な店はその存在を“知っている”程度の知識なので正直何処に行けばいいのか見当もつかない。旅人達のおかげで活気はあれども、五千人程度が暮らす町となると、そもそも此処には無いという可能性もあり得る。かといって誰かに『買取専門の店は有りますか?』『それは何処ですか?』などと訊く度胸もなく、文字は短くて簡単な単語くらいしか読めず、そそっと道の隅っこに寄って呆然としてしまう。約百五十年ぶりに町にまで来たはいいが、レオノーラはもう既に帰りたくなってきた。

(ひ、引き返す?服は……また拾えるかもだし。胡椒以外の“調味料”ってどんな味があるんだろう?って、ただちょっと、ちょーっと気になっていただけの話だし、肌着は……どうせ一人なんだから、まぁ我慢すれば何とか?)

 彼女の頭の中で言い訳ばかりが次々に浮かび始めた、その時——

「何かお困りですか?」と不意に誰かから声を掛けられた。声質的に小さな子供の声だ。そのおかげで条件反射的に警戒する事なく、レオノーラは声のした方へ視線を移した。

「何か僕にお手伝い出来る事はありませんか?……もちろん、手数料は頂きますけど」

 丁寧な言葉遣いだが、声の主はその声質から察した通りまだ子供だった。しかも『竜人族』の子供だ。空の覇者である『竜』を始祖に持つとも言われている彼らは二足歩行ではあるものの、その姿形は非常に竜と酷似している。長い尻尾、鱗に覆われた肌、頑丈そうな爪と牙を持ち、顔立ちは竜そのものといった風貌だからか他種族よりもかなり目立つ。それ故同族同士のみで村を作り、竜が守るとされている山奥で暮らしている。生い立ち故に無学なレオノーラですらも“そうである”と認識している程に有名な話である為、声の主がその『竜人族』である事に彼女は驚きを隠せない。

「……えっと」

 確かに困ってはいるのだが咄嗟に返事が出来ない。服装には気を付けてはいる様子だが綻びだらけだし、空腹であろう音が微かに聞こえる。それ故貧困層である事が隠せてはいない。そのせいで経験的に一瞬『物盗りだろうか』とも思ったが、『であれば顔を晒すような真似はしないか』と、その疑念を彼女はすぐに捨てた。

 腰を少しかがめて「えっと、君は……町の案内を仕事にしているの?」とレオノーラが訊く。すると竜人族の少年は頷きで答えた。軽く周囲を見渡すが、誰も不審がる目をこちらには向けていない。という事は『きっと、この少年の仕事は町の人々も公認のものなのだろう』とレオノーラは察した。

「じゃあ、お願いしようかな。あ、でもね、まだあんまり現金が無いの。不用品とかを買い取ってくれる店があれば換金出来るかもなんだけど、何処か良い店は知ってる?このままじゃ、君への支払い分に足りるかも自信がなくって……」と言い、レオノーラが財布を鞄から取り出す。すると少年が即座に顔を顰めた。

「僕みたいな奴の前で不用意に財布を出すもんじゃないですよ」

「……盗るの?」

「いいえ。僕は盗りませんよ。でも、やる奴はいるでしょうね」と少年は不快そうに言った。『自分は、そうはなりたくない』と黒い瞳が語っている。

「だよね。そんな子じゃないって、初対面な私にもわかるくらいに真面目そうだもん」

 目深に被るフードのせいでその表情がよく見えないが、レオノーラが笑っている事だけは少年にも伝わった。信頼を寄せる様な雰囲気も併せ持ち、少年の心がふわりと温かくなる。すると少年は少し照れくさそうにしながら口を開いた。

「あ、えっと……不用品を買い取ってくれる店、でしたよね」

「うん。この町にはあるかなぁ」

「残念ながら買取専門の店は無いです。でも、各店舗で大抵は買取もしているんで、何を売りたいのか教えてくれればそれぞれの店まで案内しますよ」

「……ちなみに、君への手数料はおいくらなの?」

「一時間で銀貨一枚です」

(安いのか、高いのかもわかんないなぁ……)

 レオノーラが反応に困っていると、「大人に案内を頼んだら、相場的に銀貨ニ枚といったところです。宿泊先の紹介なんかも頼むともっとしますね」と少年が教えてくれた。

「宿屋の方からも紹介料を貰っているみたいなんで、正直羨ましいです……」

 視線を逸らして少年がポツリとぼやく。そこまでの伝手が無い事がちょっと悔しそうだ。正直に語る少年の表情を見て、レオノーラがクスッと笑った。

「早速行きますか?」と言い、少年が目抜通りのシンボルマークである噴水の側に設置されている時計に視線をやった。

「そうだね。まずはえっと、持って来た物の中では一番買い取ってもらえそうな“お薬”からかな」

「“薬”ですか、それならこっちですね」と少年がレオノーラに返すと、すぐに二人は歩き始めた。

「——あ、そうだ。君のお名前は何て言うの?」

「セリンです。貴女は?」

「『レオノーラ』……だったと、思う」

「『だったと思う』って……」と呆れられ、レオノーラは慌てて弁解を始めた。

「や、ごめん。名乗ったのなんて十数年ぶりかな?って感じだったから」

 実際には百五十年近くぶりとなるのだが、世界樹の実などを食べた影響で体が作り変わる過程で何日も連続で眠っていたり、季節の移ろいがほぼ無い場所で一人必死に生きてきたので歳月の感覚がかなりあやふやだ。もう長寿種であるエルフやドワーフ並に彼女の時間感覚は相当ズレている。

「一体何歳なんですか?——って、女性に訊くのは失礼ですよね」

 セリンは驚きを隠せないまま勢いで訊き、そしてすぐに後悔した。

「あ、全然気にしてないよ、大丈夫。多分……体感的には二十代か三十代くらいにはなったと思うんだけど、年齢なんか数えてないんだよね。まず自分が生まれた日も知らないし、『暦』なんか存在を知っているってレベルで見たこともないしさ」

 彼女の声質、ローブからかろうじて見えている口元、手、雰囲気や話し方一つ取っても『大人の女性だ』とは到底思えずセリンが困惑する。だが子供相手に年齢を高めに偽る理由も思い付かず、彼は「……見えませんね」とだけ返した。

「そう言うセリン君は何歳なの?」

「僕は四歳です」

「え。その割には随分と、その……大人な感じだね。口調が特に」

 体のサイズはレオノーラよりも少し小さいくらいで、丁寧で大人っぽい口調なので彼女は勝手にもう少し上くらいに思っていた為、こちらも意表を突かれて驚いた顔になった。

「そもそも竜人族は全てにおいて成長が早いんです。成人する時期にはもう、貴女の二倍くらいの身長にもなりますよ」

「それは大きいね。凄いなぁ、“大樹”って感じできっとカッコイイだろうなぁ」

(……『凄い』か)

 また、レオノーラの何気ない言葉がセリンの琴線をそっと優しく撫でた。『この先は独りで生きていかねばならないから』と必死に心に壁を作っている最中だったというのに、幼いが故に抱いてしまう人恋しい気持ちがそっと頭を持ち上げてしまう。レオノーラもレオノーラで、久方ぶりの『会話』に心が弾む。

 ——だからって、まさかこの日の夜には『親子』という間柄に発展するとは、この時の二人はまだ少しも考えてはいなかった。

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