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(……えっと。買取のお店って、何処にあるんだろう?)
少しずつではあったものの、何とか気を取り直して目的を果たそうとしたが、初めて来た町であり、品物の売却が可能な店はその存在を“知っている”程度の知識なので正直何処に行けばいいのか見当もつかない。旅人達のおかげで活気はあれども、五千人程度が暮らす町となると、そもそも此処には無いという可能性もあり得る。かといって誰かに『買取専門の店は有りますか?』『それは何処ですか?』などと訊く度胸もなく、文字は短くて簡単な単語くらいしか読めず、そそっと道の隅っこに寄って呆然としてしまう。約百五十年ぶりに町にまで来たはいいが、レオノーラはもう既に帰りたくなってきた。
(ひ、引き返す?服は……また拾えるかもだし。胡椒以外の“調味料”ってどんな味があるんだろう?って、ただちょっと、ちょーっと気になっていただけの話だし、肌着は……どうせ一人なんだから、まぁ我慢すれば何とか?)
彼女の頭の中で言い訳ばかりが次々に浮かび始めた、その時——
「何かお困りですか?」と不意に誰かから声を掛けられた。声質的に小さな子供の声だ。そのおかげで条件反射的に警戒する事なく、レオノーラは声のした方へ視線を移した。「何か僕にお手伝い出来る事はありませんか?……もちろん、手数料は頂きますけど」
丁寧な言葉遣いだが、声の主はその声質から察した通りまだ子供だった。しかも『竜人族』の子供だ。空の覇者である『竜』を始祖に持つとも言われている彼らは二足歩行ではあるものの、その姿形は非常に竜と酷似している。長い尻尾、鱗に覆われた肌、頑丈そうな爪と牙を持ち、顔立ちは竜そのものといった風貌だからか他種族よりもかなり目立つ。それ故同族同士のみで村を作り、竜が守るとされている山奥で暮らしている。生い立ち故に無学なレオノーラですらも“そうである”と認識している程に有名な話である為、声の主がその『竜人族』である事に彼女は驚きを隠せない。
「……えっと」 確かに困ってはいるのだが咄嗟に返事が出来ない。服装には気を付けてはいる様子だが綻びだらけだし、空腹であろう音が微かに聞こえる。それ故貧困層である事が隠せてはいない。そのせいで経験的に一瞬『物盗りだろうか』とも思ったが、『であれば顔を晒すような真似はしないか』と、その疑念を彼女はすぐに捨てた。腰を少しかがめて「えっと、君は……町の案内を仕事にしているの?」とレオノーラが訊く。すると竜人族の少年は頷きで答えた。軽く周囲を見渡すが、誰も不審がる目をこちらには向けていない。という事は『きっと、この少年の仕事は町の人々も公認のものなのだろう』とレオノーラは察した。
「じゃあ、お願いしようかな。あ、でもね、まだあんまり現金が無いの。不用品とかを買い取ってくれる店があれば換金出来るかもなんだけど、何処か良い店は知ってる?このままじゃ、君への支払い分に足りるかも自信がなくって……」と言い、レオノーラが財布を鞄から取り出す。すると少年が即座に顔を顰めた。 「僕みたいな奴の前で不用意に財布を出すもんじゃないですよ」 「……盗るの?」 「いいえ。僕は盗りませんよ。でも、やる奴はいるでしょうね」と少年は不快そうに言った。『自分は、そうはなりたくない』と黒い瞳が語っている。「だよね。そんな子じゃないって、初対面な私にもわかるくらいに真面目そうだもん」
目深に被るフードのせいでその表情がよく見えないが、レオノーラが笑っている事だけは少年にも伝わった。信頼を寄せる様な雰囲気も併せ持ち、少年の心がふわりと温かくなる。すると少年は少し照れくさそうにしながら口を開いた。
「あ、えっと……不用品を買い取ってくれる店、でしたよね」 「うん。この町にはあるかなぁ」 「残念ながら買取専門の店は無いです。でも、各店舗で大抵は買取もしているんで、何を売りたいのか教えてくれればそれぞれの店まで案内しますよ」 「……ちなみに、君への手数料はおいくらなの?」 「一時間で銀貨一枚です」(安いのか、高いのかもわかんないなぁ……)
レオノーラが反応に困っていると、「大人に案内を頼んだら、相場的に銀貨ニ枚といったところです。宿泊先の紹介なんかも頼むともっとしますね」と少年が教えてくれた。
「宿屋の方からも紹介料を貰っているみたいなんで、正直羨ましいです……」 視線を逸らして少年がポツリとぼやく。そこまでの伝手が無い事がちょっと悔しそうだ。正直に語る少年の表情を見て、レオノーラがクスッと笑った。「早速行きますか?」と言い、少年が目抜通りのシンボルマークである噴水の側に設置されている時計に視線をやった。
「そうだね。まずはえっと、持って来た物の中では一番買い取ってもらえそうな“お薬”からかな」 「“薬”ですか、それならこっちですね」と少年がレオノーラに返すと、すぐに二人は歩き始めた。「——あ、そうだ。君のお名前は何て言うの?」
「セリンです。貴女は?」
「『レオノーラ』……だったと、思う」「『だったと思う』って……」と呆れられ、レオノーラは慌てて弁解を始めた。
「や、ごめん。名乗ったのなんて十数年ぶりかな?って感じだったから」 実際には百五十年近くぶりとなるのだが、世界樹の実などを食べた影響で体が作り変わる過程で何日も連続で眠っていたり、季節の移ろいがほぼ無い場所で一人必死に生きてきたので歳月の感覚がかなりあやふやだ。もう長寿種であるエルフやドワーフ並に彼女の時間感覚は相当ズレている。「一体何歳なんですか?——って、女性に訊くのは失礼ですよね」
セリンは驚きを隠せないまま勢いで訊き、そしてすぐに後悔した。
「あ、全然気にしてないよ、大丈夫。多分……体感的には二十代か三十代くらいにはなったと思うんだけど、年齢なんか数えてないんだよね。まず自分が生まれた日も知らないし、『暦』なんか存在を知っているってレベルで見たこともないしさ」 彼女の声質、ローブからかろうじて見えている口元、手、雰囲気や話し方一つ取っても『大人の女性だ』とは到底思えずセリンが困惑する。だが子供相手に年齢を高めに偽る理由も思い付かず、彼は「……見えませんね」とだけ返した。「そう言うセリン君は何歳なの?」
「僕は四歳です」「え。その割には随分と、その……大人な感じだね。口調が特に」
体のサイズはレオノーラよりも少し小さいくらいで、丁寧で大人っぽい口調なので彼女は勝手にもう少し上くらいに思っていた為、こちらも意表を突かれて驚いた顔になった。 「そもそも竜人族は全てにおいて成長が早いんです。成人する時期にはもう、貴女の二倍くらいの身長にもなりますよ」 「それは大きいね。凄いなぁ、“大樹”って感じできっとカッコイイだろうなぁ」(……『凄い』か)
また、レオノーラの何気ない言葉がセリンの琴線をそっと優しく撫でた。『この先は独りで生きていかねばならないから』と必死に心に壁を作っている最中だったというのに、幼いが故に抱いてしまう人恋しい気持ちがそっと頭を持ち上げてしまう。レオノーラもレオノーラで、久方ぶりの『会話』に心が弾む。
——だからって、まさかこの日の夜には『親子』という間柄に発展するとは、この時の二人はまだ少しも考えてはいなかった。
世界樹をその中心部に有するが故に同名で呼ばれる『ユグドラシル大陸』の北部にある『スノート』という町の郊外にレオノーラは到着した。外界近くにはほぼほぼスラム街がある王都や皇都ではなく、とある王国に属する辺境伯の領地内にある町だ。中規模なおかげで全体的に平穏であり、統治者の手腕故か目抜通りには活気がある。『この規模であれば買い物先には困らないだろう』と期待しつつレオノーラは早速町に足を踏み入れた。——が、最速着ているローブのフードを被り、そっと顔を隠した。長年他人と接してこない間に人間不信からは脱却出来た気でいたが、どうにもまだ他人の視線が少し怖い。『これだけの人が居るんだ、誰も私なんか見ていない』とは思うが、それでも『自意識過剰過ぎるか』の一言で片付けられはしない程、過去の経験が彼女の中で根深く残っていたようだ。(……えっと。買取のお店って、何処にあるんだろう?) 少しずつではあったものの、何とか気を取り直して目的を果たそうとしたが、初めて来た町であり、品物の売却が可能な店はその存在を“知っている”程度の知識なので正直何処に行けばいいのか見当もつかない。旅人達のおかげで活気はあれども、五千人程度が暮らす町となると、そもそも此処には無いという可能性もあり得る。かといって誰かに『買取専門の店は有りますか?』『それは何処ですか?』などと訊く度胸もなく、文字は短くて簡単な単語くらいしか読めず、そそっと道の隅っこに寄って呆然としてしまう。約百五十年ぶりに町にまで来たはいいが、レオノーラはもう既に帰りたくなってきた。(ひ、引き返す?服は……また拾えるかもだし。胡椒以外の“調味料”ってどんな味があるんだろう?って、ただちょっと、ちょーっと気になっていただけの話だし、肌着は……どうせ一人なんだから、まぁ我慢すれば何とか?) 彼女の頭の中で言い訳ばかりが次々に浮かび始めた、その時—— 「何かお困りですか?」と不意に誰かから声を掛けられた。声質的に小さな子供の声だ。そのおかげで条件反射的に警戒する事なく、レオノーラは声のした方へ視線を移した。「何か僕にお手伝い出来る事はありませんか?……もちろん、手数料は頂きますけど」 丁寧な言葉遣いだが、声の主はその声質から察した通りまだ子供だった。しかも『竜人族』の子供だ。空の覇者である『竜』を始祖に持つとも言わ
これは偶然か、あるいは必然か。 どちらかもわからぬまま世界樹・ユグドラシルの麓にまで到達したレオノーラは、この地を逃亡生活の終着地点と決めた。すっかり人間不信持ちと化していた子供にとって人っこ一人居ないこの地は天国にも等しかったからだ。 この付近は外界を巣食う凶暴な魔物どころか普通の動物すらも生息しない地域ではあるが、代わりに聖獣、精霊や妖精といった他ではほぼいない生き物が数多く暮らしている。それらの存在に目の敵にされたとなれば『流石に此処での生活は無理だなぁ』と彼女は不安を抱いていたが、『幼児』という弱者故にか幸いにして敵視はされず、レオノーラはゆっくりと少しづつ、ヒューマ族としてはあり得ない程の長い長い歳月をかけて身の回りの生活環境を整えていった。 最初は近傍にあった木の根元の穴で暮らし、探索中に洞窟を発見してからはそこへ移り住み、聖獣や精霊達の扱う魔法を見様見真似でマスターしていき、風属性魔法を覚えてからは巨大な老木の内部を改装して家造りにも挑戦した。 不安定な『魔力溜まり』をいつまでも頼って移動する事はやめ、転移魔法を自己流で習得してからは自ら進んで『深淵の森』にまで行って、人々が捨てた粗大ゴミ、盗賊や動物などに襲われた結果放置された馬車や荷物を集めて色々な物資を調達し、文字はほぼ読めないながらも本の挿絵から少しの学びも得ていった。 その間。木の実や湧水といった形でユグドラシルの恩恵を受け続け、レオノーラの老化は極端な程緩やかになり、彼女の外見は一応二十歳前後でほぼほぼ止まった。だが子供の頃の栄養失調が災いして彼女の背は百三十センチ程度とかなり低く、胸がそこそこ大きくなければ“子供”と見紛う程である。ゆるふわっとしたクセのあるセミロングの髪は自分で切っているので少し不恰好だが、水色という綺麗な髪色がそれをカバーしてくれている。スラムに居た頃には闇に沈んだような雰囲気だったワインレッド色の瞳はすっかり生気を取り戻して生き生きとしており、最近では土属性魔法も覚えたので、小さいながらも畑を作って農作業もしているからほんのちょっとだけ筋肉質っぽい体型となったが、スラム街で暮らしていた頃の骨と皮だけだった自分の体を思い出すと、『これで良い』と彼女はすぐに思えた。 ◇ 世界樹の麓での一人暮らしはつつがなく営めていたかに
この大陸の中央部には太古の昔から皆々に『ユグドラシル』と呼ばれる異常な程に巨大な『世界樹』が存在している。山程に巨大なその大樹の麓には聖獣や精霊、妖精などといった不可思議な生命が数多く棲息し、その他の生き物達の侵入を拒む。そんな地域を取り囲む様にして広大な森林地帯が広がり、更にその森を越えてやっと、一番人口比率の高いヒューマ族、次いで獣人、竜人、エルフなどといった多種多様な種族達が暮らしを営む地域が点在する様になる。そして更に大陸の外輪方向に向かうと危険度の高い魔物達が住まう『外界』もしくは『外輪界』と呼称されている禁断の地へと繋がる。その地域はとても危険で、魔物だけじゃなく、かなり好戦的な『魔族』と呼ばれる種族の生息域にもなり、平和に暮らす人々の生活を日々脅かしている。そのせいで大陸の外輪側へ行けば行く程に治安が悪く、『スラム』と呼ばれる貧民街が多くなっていく。 ヒューマ族の少女・レオノーラが生まれ育ったのも、とある国の外界近くにあるスラムの一角だった。 物心ついた時にはすでに親もなく、一人路地の片隅で生きてきた。痩せたネズミの肉を奪い合い、食い残しのゴミを漁ったり雑草を食らって飢えを誤魔化し、汚泥を啜っての生活はただただ苦しく、心も体も日に日に疲弊していく。何の為に生きているのかもわからず、他人は全て敵に見え、生きているのも辛いが死ぬのも怖い。体調を崩して倒れても、周囲には似た境遇の者達ばかりで余力など誰にも無く、助けなんか当然無いからいつも己の回復力だけが頼りだ。『回復』などといった魔法を覚える伝手もなく、体が丈夫な訳でもない。器用貧乏タイプである『ヒューマ族』の子供はどこまでも無力だった……。 そんな日々が続く中。レオノーラの住むスラムに『救済院』の一団がやって来た。各国の教会に所属しいる回復能力に特化した『聖女』や『神官』達が主体となっている団体で、貧民街での炊き出しや仕事の斡旋、シェルターの建設、生活環境の改善などといった活動を行っている組織である。活動の一環で保護者のいない子供達を保護してもいるのだが、自分が保護対象であった事をレオノーラが知ったのは、残念ながら彼らが次の地域に向かった後だった。 平屋の簡素な造りではあるものの、レオノーラはしばらくの間は救済院の建設したシェルターで過ごす事にした。もう救済院が去った後だったので
私には五人の子供がいる。 全員血の繋がりはなく、親を失った挙句路頭で生活していた子だったり、元の場所からは逃げて来たばかりだったりと、様々な事情により自活せざるおえなくなった子供達だ。 世界樹・『ユグドラシル』と同じ名を持つ大陸の中央に位置する世界樹近傍の元。数多の精霊や聖獣達とのんびり暮らしてきた独り身の私では、色々な種族の子達の子育てなんて到底務まるとは正直思えなかったのだが、皆とても賢い子達だったおかげでお互いに助け合って日々を過ごした。 そうするうち、一人、また一人と、十五歳という成人年齢になったのを機に子供達は独立していった。いつまでも森の最深部に引き篭もっていては駄目だと思ったから『成人までは面倒を見るけど、それ以降は色々な経験をして』と私が引いた一線だった。一番長く森の奥に引き篭もっているのは他ならぬ私自身なので『どの口が言う』って感じだが、それでも。 三年程前にはとうとう最後の一人も独立し、今もまだ独りきりで暮らしている。もう他の子供は拾っていないし、この先は拾う気もない。私が動かずとも孤児の引受先が今なら多くあるのだから。 『情だけで五人も育て切ったんだ、誇らしくはあれども寂しくない』と言ったら嘘になる。だけど流石に『世界平和』なんて偉業を提げて、末っ子が魔族達の最高権力者である『魔王』になったうえ、『ヤンデレ』としか言いようがない程の執愛属性持ちになって帰省するだなんて未来はちっとも想像していなかった——